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びぜん 光正 のあしあと 

長野県議会議員 日本共産党長野県議団 びぜん光正のブログ

母校の大学の同窓会50周年総会へ

f:id:biz-m:20160929221202j:image先日、母校の信州大学医療技術短期大学部の創立50周年の同窓会(臨床検査なので臨嶺会)総会があり出席しました。

と言っても、医療技術短期大学部はすでに医学部保健学科に改組され、すでに10年以上経ちました。大学院もできてこちらに進む学生もいて大きく変わっています。校舎も耐震化で改築されたようで、変わらないのはその位置くらいでしょうか。

f:id:biz-m:20160929221250j:image50周年総会では記念講演として、前同窓会長の川上先生が50周年の歩みを、そして信大病院の臨床検査部長や病院長を歴任された、現丸子中央病院長の勝山先生が求められる臨床検査技師との講演を聴く事ができました。

勝山先生は私が学生時代に臨床病理学、そして信大病院中央検査部などでの研修時にお世話になったのですが、私が県議になり県立病院の独立行政法人化がなされる時には、先生が病院機構の責任者となり、議会質問する事もありました。

f:id:biz-m:20160929221452j:imageその後の懇親会でも久々に先生とも話をする事が出来、また同級生とも10年以上ぶりだと思いますが、会う事もできました。大学病院実習の同じグループの3人も揃い、11月に計画されている同級会での再会も約束。

先輩や後輩にも会いましたが、先輩には甲府市議の木内さんも来られており、帰りの松本駅までの車で色々とお話しを伺うことができました。同窓で党の議員をやっている人が何人もいますので、また集まりましょうと計画を企てる事になりなりました。

県境地域での医療への願い調査

 

f:id:biz-m:20160927005317j:imagef:id:biz-m:20160927005256j:image岐阜県中津川市にある坂下病院の再編による、診療所化の問題が起きています。同院は医師不足から8月より外科は閉科、10年前の半分の医師体制となっています。
隣接する長野県の南木曽町大桑村の住民の方々が受療する病院が奪われそうであることから、23日は高村議員と毛利議員とで調査に行きました。住民は15分程度の坂下病院からさらに40分程先の中津川市民病院へ行かなくてはなりません。

まず坂本南木曽町議に案内していただき、向井南木曽町長や副町長にお話しをうかがいました。また、坂下病院から実際に中津川市民病院に車でいってみたが、渋滞気味であったり、市民病院が山の上であるなど、車を持たない高齢者などは特に通院に時間が一層かかるのは必至です。
f:id:biz-m:20160927005350j:imagef:id:biz-m:20160927005439j:imageその後南木曽町に戻って坂下病院を支える会の皆さんと「地域医療を語る集い」に参加し懇談しました。
合併により1つの市に2つの公立病院をもち、財政負担の多さと、医師不足と国が進める地域医療構想の病床制限が引き金になっているのですが、既に23000人以上の存続の署名を集め頑張っておられる皆さんの切実な願いをお聞きしました。

f:id:biz-m:20160927005511j:image市民病院の玄関には「リニアと共に世界にはばたけ」とのマットレスが敷かれていました。中津川市には今後400億円もの関連事業が集中投資されるそうですし、国は前倒しさせJRに3兆円も出すと言われています。「リニアよりも地域住民の命を守って欲しい」と国の政治の歪みを正していく事が重要である事も話ました。

革新懇での県政報告へ

f:id:biz-m:20160927004914j:imagef:id:biz-m:20160927004838j:image22日は前後しますが長野県革新懇の県政シンポジウムで県政報告をしました。大北森林組合の不正問題を中心に話してほしいということで、県はこの不正で15億円もの金の行方が全く解明されてもいないのに、再発防止のコンプライアンス委員会の設置。さらに国から請求も来ていないのに返還金と利息である加算金まで予算化し、6月議会で私たち共産党以外の賛成で可決させ、幕引きをしようとしているなど異常な県政は東京や富山だけではありません。
f:id:biz-m:20160927004938j:imageリニア中央新幹線TPPは推進。消費税増税論者。
著しく増加している特別な支援を必要とする子どもたちが増えているのに、養護学校は過密化の一途をたどり、学校増設を要求しても「いずれ子どもの数は減る」と1つの学校に障害種を混在させようとしていたり人権問題です。
特支学校の先生は20人ずつ3年増やしていますが、根本的に不足しています。

子どもの権利条例はいつの間にか子どもを性被害から守る条例(淫行処罰条例)と化し、弁護士会からも冤罪を危惧する声明が出されても無視。
子ども・障がい者の医療費窓口無料化には背を向けている事など40分のところ50分(50分でも足りません)かけてパワポで報告しました。
会場からは大北森林組合の問題や障がい児教育について多くの方からご意見をいただきました。
これからも県政報告をしっかりとやっていきたいと思います。

松本市での2016障害児学校教育研究集会と高ボッチでの星空ガイド

f:id:biz-m:20160927003647j:imagef:id:biz-m:20160927003708j:image24日、松本市での2016障害児学校教育研究集会では、記念講演の近藤直子さん(あいち障害者センター理事長、日本福祉大学名誉教授)の障害のある子どもの発達を理解するとは?との講演を聴きました。現場での実践的なお話しで、障害児の行動を問題だとかマイナス面で見るのでは無く、肯定的な見方で自己充実感を育てるとのお話し。障害児学校の先生方は子どものそうしたサインに気を配っている事にも驚きました。
f:id:biz-m:20160927004155j:imagef:id:biz-m:20160927003734j:image午後は分科会で「職場づくりと教育条件整備」に加えていただきました。現場の先生方の職場と施設整備などのリアルな話をうかがう事が出来ました。途中から退席になりましたが、議会関係者も是非とも参加すべきだと思いました。

f:id:biz-m:20160927003937j:imagef:id:biz-m:20160927004000j:image夕方からは塩尻市観光協会の高ボッチ企画に星空ガイドとして参加しました。が天候が好転せず、プラネタリウムソフトでの星空解説へ。

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寒いので早々に撤退となりました。やっぱりここは霧ヶ峰の続きですのでガスがかかり易いのです。晩秋から初冬が良いのかも。皆さんお疲れ様でした(=^x^=)❣️

信大病院の駐車場が立体化され待ち時間の短縮にびっくり

f:id:biz-m:20160917200422j:image年一回の信大病院の受診に出かけました。
信大病院にはもう50年以上かかっています。

私は保育園に入って間もなく、私の跛行を近所のおばちゃんに言われ、当時の近医の整形外科医を受診したが解らず、大学病院に紹介された。後に大学で調べて判ったことですが、この病気は出生後、後天的に大腿骨頭への血流障害が何らかの原因で起き、その虚血状態から大腿骨頭の壊死を引き起こす、男児に多いという原因不明の難病であるといいます。そして、その診断で、4歳の確か七五三の日に手術が行われました。

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入ったばかりの保育園を退園し、手術が恐ろしかったこと、そして、イタズラとか親の言う事を聞かなかったりした時に、怒られると「脚を切ってもらうぞー」と今だったらとんでもない「虐待的な?」脅し?もあって、それはそれは恐ろしかった。

手術当日は大量出血も予測され、親戚も集められ輸血のための採血も行われていたようです。(結局は輸血は行われず、その血液は他の誰かに使われた模様)
ほぼ一日に及ぶ手術で、予定時間が過ぎても一向にオペ室を出てこないことに、両親はダメになってしまったのかと思ったそうだ。(諦めが早いー)
今50年経っても、手術台にあがりモニター類のコードが付けられ、眩しい無影灯の下で全身麻酔が効いてくるところまではよく覚えていますが、小児期の柔らかい脳の片隅に刻みつけられた当時の身には重過ぎる経験だったと思います。

目が醒めて小児科のベッドの上でそれから年明けの1月末まで入院したと記憶しています。当時は付き添いの母親は35、6歳だったと思います。小児の付き添いは患者ベッドの下に布団を敷いて休んでいたと思います。母親も若いから耐えられたと思いますが、約2ヶ月の入院にはいろいろな事がありました。

ある日廊下を挟んだお向かいの部屋は個室になっていたと記憶していますが、一回だけ会った子だったのですが、看護婦さん達が足早に対応していたと思ったら、やけに部屋が暗くなっていて、私は母に何でそうなっているのか何度も尋ねました。母は教えてくれないから何度も大きな声で尋ねたら、今度はツネってくるので頭にきて大泣きして困らせた事がある。しばらくしてこの子は小児癌の末期で短い命を全うされたという事を知りました。病院というところが本当に怖いところだと心底思った時。

またちょうど入院していた頃はクリスマスがかかっていて、夜、窓の外の下を見ると看護婦さんをはじめとした職員の皆さんがロウソクを灯してサークルを作ってクリスマスの雰囲気を作り出してくれていました。殺風景で退屈で当時はテレビも無かったわけですから、とても幻想的で記憶に残っている。今となっては看護の労働現場の高度化、重度化等一層大変になっているなかではそうした事は中々出来ないと思いますが、特に印象的でした。
また同じ病室には同じ年頃の幼児が入院していて、特に女の子の脱臼患児は何人かいた。その1人は今も覚えているが2歳ほど歳下だったと思います。高校生頃までは外来受診時に何度も会った事がある。可愛らしい娘さんになっていたが、もう今となっては会う事もありません。

信大病院の外来で呼び出しを待っている椅子に掛けながら、何度も子どもの頃連れて来てくれた母は他界して3年が経ちました。私が理学の研究者を目指していた時にここの大学しか受からず、「そうは言っても大病してたんだから医療の道で頑張れば」と(よくも知らないだろうに)単純に母に言われて進学し、なんとか国試はパスし、現場で臨床検査技師として働きました。今は医療現場も離れ、働いた期間よりも長く医療福祉制度等を少しでも良くしようという立場で働く議会人となった。

そんな頃の面影を思い起こしていました。


それにしても、信大病院の駐車場は立体化され、入車の待ち時間が短縮され、とても通院にかかる時間が短縮された事に驚いたのでした。

 

中央東線の高速化期成同盟会総会へ

f:id:biz-m:20160830171758j:image午後からの中央東線高速化促進広域期成同盟会の定期総会が松本市内であり出席しました。会長が後藤山梨県知事から長野県の阿部知事へと役員の交代が行われました。
来賓として国会議員の中に、先の選挙で初当選した武田良介参議院議員の秘書も出席されており、地元国会議員としても取り組んでいただきたいと思いました。
新宿松本間は距離の割には特急あずさで2時間半から3時間近くかかるなど、時間短縮が求められています。ネックとなっている三鷹〜立川間の複々線化など高速化と輸送力の強化を求めています。
松本には飛行場がありますが、首都圏と松本の間には米軍機の横田エリアがあり、日本の国土の上空なのに、日本の飛行機が排除されて飛べず、米軍機が自由に飛行するエリアがあります。全く不当ですが、今回、小池東京都知事もこの問題を言及しているそうですが、この問題も基地問題の1つとして解決しなければなりません。

f:id:biz-m:20160830171818j:image現状は山間地を練って走行する列車はスピードがあげられず、従って時間がかかっています。
一緒に参加した自民党県議の皆さんとも、最低でも山形のようなミニ新幹線が考えられないだろうか?とか「飯田線はもっと遅いので支援を」(来賓挨拶した向山長野県議会議長)とか、リニアやめれば中央東線などの在来線が良くなる(その通り!)など様々な話も聞かれました。
高速化のグランドデザインをどう描くかと題した今城大東文化大学教授の講演会有りましたが、次の会議のため退席し、残念ですが聞くことができませんでした。

帰路は台風一過の青空が広がっていました。 

街頭から不戦の訴えー71年目の終戦記念日

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15日は昨日までの猛暑とはうって変わって過ごしやすい天気です。太陽の写真は撮れません(>_<)。
机長野4区国政対策委員長、党塩尻市議団とともに71年目の終戦記念日の宣伝活動を行いました。
先日見てきた宮古島自衛隊のレーダー基地や800人ものミサイル部隊などの事も織り交ぜ、不戦と憲法を守ることをうったえました。

宮古島から伊良部島そして下地島へとまわって平和を願う

f:id:biz-m:20160816200452j:imagef:id:biz-m:20160816200100j:image一泊の沖縄ですが、9日は宮古島泊でしたが、4時台に目が覚めてしまい北緯24度、東経125度の星空と日の出を拝もうと早起きしてみました。

f:id:biz-m:20160816192845j:imageもう30分早ければもっとすばらしい星空だったでしょうが、東にぎょしゃ座、ふたご座、北にカシオペア、南にはオリオンやおお犬座が高くなっています。ホテルの屋上をフロントで教えてもらって、持参した3台のカメラ(コンデジですが天文モードのカメラ)と小型三脚で南国の早朝の空を一人満喫しました。

 

f:id:biz-m:20160816192919j:imagef:id:biz-m:20160816193017j:imageホテルを出発して今日は宮古島から3540mの伊良部大橋(今年1月開通)を渡り、西隣の伊良部島をめぐってまたそのお隣の下地島に渡りました。

f:id:biz-m:20160816193231j:imagef:id:biz-m:20160816193147j:imagef:id:biz-m:20160816193116j:imagef:id:biz-m:20160816193314j:image下地島には大きな飛行場があります。ジェット化時代の到来でジェット機の需要が高まる昭和40年、それまで国内のパイロットの養成は米国に依存していたのですが、そうした中、目を付けられたのが下地島飛行場で、3000mの滑走路を有する島ひとつがパイロットの練習用飛行場という国内唯一のすごい島です。一時はYS-11が就航して空港機能を有していましたが、現在は運休しています。

 

f:id:biz-m:20160816193341j:imageしかし、同空港は沖縄の米軍がアジアに展開するために、沖縄県の使用拒否を無視して給油名目でしようされているといいます。また、自衛隊が有事の際にこの空港を使用する明記しており、中国の軍事的動向に対抗するために部隊の展開も考えられていました。しかし、時の政府は空港の非軍事を約束していたといいます。

ところが、おおさか維新の会は先月の参議院選挙のマニュフェストでは、この空港を「普天間基地の負担軽減・危険除去のため」と米軍機訓練先の移設先にしようとしていました。これは結果的には沖縄県ではなく鹿児島県種子島付近の島に変更になったとかという話もあります。

 

f:id:biz-m:20160816193500j:image私たちが行ったときには練習機はいませんでしたが、周囲をエメラルドグリーンに彩られた島での旅客機のタッチアンドゴーは迫力だと思うのですが、絵にもなるということでカメラマンが絶えないそうです。もちろんリゾート地です。海水浴、シュノーケリングを楽しんでいる人たちも沢山。(この写真は他から引用)

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私たちもビーチの美しさに見とれながらしばしリゾートの雰囲気を味わいながら午後には岐路の宮古島からの便に間に合うように空港へ行き、上里議員ともお別れしました。

 

f:id:biz-m:20160816193725j:imagef:id:biz-m:20160816193741j:image空港では私の地元での後援会活動を担っていただいき宮古島に転居されたKさんに会うことができました。島の状況だとか、暮らし向きだとか(さすがに水光熱費は安いそうです)いろいろとお話しをお聞きし、お土産までいただいてしまいました。また、プライベートで是非とも訪れたい場所です。

 

f:id:biz-m:20160816193829j:imagef:id:biz-m:20160816193905j:image今回、宮古島伊良部島そして下地島も南海のリゾート地という思いで訪れましたが、戦争では宮古島は上陸戦はおこなわれなかったそうですが、しかし、前線基地として終戦時(沖縄は623日)には30000人もの日本軍が駐留して、秤量攻めに遭って医療も食料も断たれる中塗炭の苦しみを味わった島です。

f:id:biz-m:20160816193948j:imagef:id:biz-m:20160816193636j:imageそして今、隣国への対抗から今度は自衛隊の再配備や米軍基地の分散問題が急浮上しています。そうした場所であることを知り、よりいっそう自然の美しさを大切にしつつ観光の振興など地方産業の振興のための施策が必要であると痛感しました。71年前の戦争の惨禍を二度と繰り返してはならない。この美しい海を空をそして島を汚してはならないと改めて決意しつつ帰路につきました。

 

ここは前線基地?レーダー基地とアリランの碑にこめられた思い・・宮古島にて

f:id:biz-m:20160816122437j:image8日の午後はさらに西方に飛んで宮古島の調査に向かいました。

f:id:biz-m:20160816122547j:image宮古島に着くと現地の党の上里樹(うえさと たつる)市議に案内をお願いして島内の戦跡や基地関係の施設をまわりました。

f:id:biz-m:20160816122510j:image沖縄は辺野古新基地建設、高江のヘリパッド建設の問題がクローズアップされているのですが、ここ宮古島には陸自ミサイル部隊配備計画がもちあがって大問題となっています。

f:id:biz-m:20160816122622j:imageまずは、航空自衛隊宮古島駐屯基地をみましたが、09年突然この基地内にレーダー施設が次々と作られており、建設途中のものも見受けられました。

そればかりか防衛省はミサイル部隊(800人)の配備を計画し、予定地である大福牧場や千代田カントリークラブ等に20から40haの基地にするというものです。

しかも、計画地の地価には宮古島の「地下ダム」といわれる飲料水と農業用水に使える水源に隣接、地上部に計画されっており、水源の汚染は大問題です。

f:id:biz-m:20160816122637j:imagef:id:biz-m:20160816191002j:imageここの地層図まで詳細な資料をいただきましたが、宮古島珊瑚礁の環礁をもち平坦で高い山がなく、したがって河川がほとんど無い典型的な沖縄の島なのですが、北西から南東にかけていく筋もの活断層宮古島断層帯―野原断層系、与那原断層系等)があり、その東側が崩れ落ち下部の不透水性の島尻層群泥岩との間に雨による地下水を大量に(毎時2.4万tも)溜め込んでいるといいます。農水省事業でもここの地下ダムは貴重な水資源として支援が行われているそうです。しかも石灰岩層からの水です。良質なミネラルウォータは蒸発すると白く残るといい、天然カルシウムの豊富な水として価値が高いわけです。

f:id:biz-m:20160816122952j:imagef:id:biz-m:20160816123026j:imageここで実は私は今、塩尻で問題になっている東山の産廃処分場計画地の地下地質構造も非常によく似ており、活断層によって落ちた側に地下水が大量にたまっていること、それも古代の珊瑚による石灰岩層からの良質なミネラルウォータや石灰岩の産出もおこなっていた等もはるか3000キロも離れたところでも同じ仕組みで水の供給がなされているとは!驚きです。

f:id:biz-m:20160816123052j:imageこのようなところに軍事基地の設置計画は尖閣諸島沖での中国の侵犯が拍車をかけていることは明らかです。地元でも水瓶を守る世論もあり、市長は「陸上自衛隊駐屯施設等の大型工事を伴う施設整備については認められない」といい、自衛隊側は今でもあきらめず、同島での配備を画策しているといいます。

 

f:id:biz-m:20160816122730j:imagef:id:biz-m:20160816122805j:image宮古島ではこうした軍事的な施設とともに、先の大戦での戦跡ともいえる施設のひとつ「アリランの碑」を視察しました。従軍慰安婦による慰安所のあった(17カ所はあったとされる)記録として、戦後米軍から現在自衛隊に払い下げ?されたレーダー基地施設と化している場所から程無いふもとにひっそりと「女たちへ」と12の言語に訳された碑文とともに建立されていました。

f:id:biz-m:20160816122835j:imagef:id:biz-m:20160816122917j:image「アジア・太平洋戦争当時、この近くに慰安所があり、朝鮮から連れてこられた女性たちが(遠くの井戸で洗濯した帰りに)、祈念碑のある場所(当時は大きな木陰があったそうです)で休んでいた。女性たちはみな綺麗な方たちで、アリランの歌をよく歌って教えてくれたこと等を記憶している。悲惨な戦争を二度と起こさないために、世界の平和共存の想いをこめ、この碑を後世に伝えたい」と2008年9月7日に建立しました。終戦時小5で現在83歳になる建立者の与那覇博敏さんも偶然碑のそうじに来たところをお逢いできて懇談。この碑文にこめられた思いをしっかりとお話いただきました。f:id:biz-m:20160816135256j:image

沖縄県での調査へ

国政問題 子育て 観光振興

f:id:biz-m:20160816111607j:image8、9日と日本共産党長野県議団で沖縄県の調査に行ってきました。私は7日に父母の法要があったので最終のあずさで上京。羽田の朝一の那覇行きの飛行機に乗り込み、沖縄県庁へ。

8日は午前中、沖縄県庁にて基地対策課から米軍基地移転問題や長野も飛行ルートとされているオスプレイ対策についてのレクチャーを受けました。

f:id:biz-m:20160816111548j:image県担当者からは、県民としては(基地問題は)限界に達している。県民は反対しており、オスプレイ配備の撤回を求めていきたい。と。県は沖縄県軍用基地転用促進・基地問題協議会(会長翁長知事、以下24市町村長が会員)で対応や要請行動をおこなっており、特にオスプレイ問題での苦情処理については基本的には市町村ではあるが、今は高江でのヘリパッド建設問題での苦情が出ていること。またオスプレイの騒音問題には基準がないなど(離発着時の騒音は6倍にもなる)の問題が出ているといいます。低周波音は独特であり、遠くからでもすぐオスプレイだとわかるそうです。国の安全問題だから国民全体が負うべき課題である。知事会で協議の場が設けられるようになったが、日本全体で米軍基地を分担しあうだが、実際には嘉手納村などでも負担軽減にはなっていない状況も。

また、知りませんでしたが、オスプレイの悪臭問題もあり、これまで返還された土地のダイオキシン汚染の問題などもその処理費用は防衛庁が出しているといい、どこまでも米国追随の日本の姿勢は戦後71年たっても従属関係にあることがうかがえました。

f:id:biz-m:20160816132315j:imageその後は党沖縄県議団のみなさんの控え室にお邪魔し、当初の予定では県議のみなさんは基地問題等の対応で参加できないということでしたが、みなさん集まってきていただきました。そして当初予定では叶わなかった沖縄県の子どもの貧困対策(子どもの貧困率が国平均の約2倍の29.9%といわれます)について沖縄の実態調査や取り組みについて説明とともに資料をたくさんいただきました。県議団との懇談ではどうしても基地問題に及びます。県議からは「沖縄の問題は民主主義、立憲主義が問われている」と。重大なそして危機的な問題です。今、安倍政権が公権力を使い、基地設置に反対する国民に対し排除のため銃を向け、米国追随し改憲に突き進もうとしています。まさしくどこの国の政府なのか問われています。その最前線が沖縄なのだと感じました。