びぜん 光正 のあしあと 

長野県議会議員 日本共産党長野県議団 びぜん光正のブログ

母の体調とエンディングノート

母が最近調子が悪い様子で、私の運営しているデイサービスセンターにも行ったり行かなかったりと、やはり体調がすぐれないらしい。

病院を受診しいつもの糖尿の検査もしたりとしていたのだが、どうも変な事(娘のころの話を言い出したり)を言っているので、脳の検査も必要となった。

結局、硬膜外出血で脳圧が上がっているので緊急に手術をしていただくことになった。一ヶ月ほどの入院となりったが、認知症も少しづつ出てきており帰りたいの連発。
しっかりと糖尿の管理もされることになり、インシュリンの自己注射も始まった。これが自分でできるわけではないので、私たちがやってあげなくてはならなくなった。ちょうど私が暇で良かった。毎朝晩と種類とシリンジの単位数がきまっていて、これでは年寄りには無理だと痛感。
以前、病院の検査室で血糖検査の精度と正確さを上げるための検査技師スタッフの中でその担当をしてきたのだが、肝心の患者さんが血糖コントロールの意味(食事療法や運動も含めて)を理解していない(できない)状態にある時には家族がその役を負いきれるのか?実際に病んでいるのは本人なのだが、まわりの家族も居ない場合は訪問看護などもあろうがとても家族ほどやりきれるものではない。そんなことも思いつつ15年も前に辞めた技師魂?か母にはしっかりとコントロールしてあげようとせっせとインシュリンを定期的に打って上げた。

認知症の薬も始まって、これも効果のある人とそうでない人と分かれるようだが、薬効を見ながら処方してくださり、たくさんの様々な種類の薬が三度の食事にいろいろな量で出され、これも困惑気味というか理解ができないらしい。
日付時間の概念もとんと分からなくなっていることもしばしばで、これまでも管理していかなくてはならなくなった。

人は生きていけばいつかは程度の差はあろうがそうなっていくのだと50歳を過ぎて痛切に思うようになった。その時に依拠できる配偶者も含めて家族がいるのか?
今、介護施設の運営をしていて、そういうことができづらい家庭環境にあるお年寄りが多いことに重ねて見えてしまう。

まだ、施設に入れた方々は良いほうで、介護保険が始まったころは「公的介護」と称して家庭から施設介護へとすすんだが、今はまた(経済的に国の財政が「もたない」との理由で)家庭に戻され施設に入れず、看る家族もいなかったり、看れなかったりの家族が家庭にもどされ(とどまらされている)親の面倒を看ることができずにいる方々をよくみかける。すべてが円満には行っていない家庭環境がモロ露呈する人間模様にも遭遇してきた。

人はどうやって生まれ(生まれて来たときはまだ親がいるだろうが)、死ぬときにはどうやって逝くのかその時までは意識がどの程度正常に機能しているのか。近年エンディングノートという、遺書のように自分がもしもの時に備えて備忘録のようなものをつけていくことが奨励されていて、我が施設でも講演会を行ったが、聴衆はかなりのご高齢の方々ばかりであった。私はむしろ定年をもうじき迎える、まだ体力的にも動けたり、脳機能も健全に働いているときにこそ聴いておくべきであると思っている。まだ間に合うから。