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びぜん 光正 のあしあと 

長野県議会議員 日本共産党長野県議団 びぜん光正のブログ

震災、津波、原発にさいなまれる福島の今に逢いに行く

f:id:biz-m:20150923193723j:imagef:id:biz-m:20150923193605j:imagef:id:biz-m:20150923193643j:image20-21日と元職場の協立病院の皆さんと福島県富岡町や楢葉町原発被災地を視察してきました。今回所持しているGM式、シンチ型線量計で測定しながらバスで向かいました。車内で放射線医のU先生の講義。被曝の考え方等さすがに良くわかります。
f:id:biz-m:20150923200331j:imageいわき市福島第一原発の元労働者と過酷な作業を強いられている労働者を支援活動を行ってきている共産党の渡辺いわき市議、そして原発災害に見舞われる中、保育園での子どもたちを見てきた保育士のHさん。Hさんは私たち家族が松本居住時に子どもたちの保育園の担任もしていただいた方で19年ぶりにお会いする事ができ感激。
園での子どもたちは健康被害はでているとはいえず、鼻血を出しているということもないそうである。ただ、安斎先生の援助で除染がなされるまで、園舎の中で過ごさざるを得なかったことが、かなりのストレスになっていた事が語られた。
それにしても原発の現場労働者の実態は壮絶です。燃料棒の水の中を潜水させられる作業もしていたと。工賃とは別に危険手当は2万円でていても賃金はピンハネされている労働実態。(上のポスターは原発労働者の賃金や労働条件の相談を受ける共産党市議らの呼びかけよポスター)
f:id:biz-m:20150923193809j:image20日はハワイアンズで宿泊し、21日は小名浜医療生協病院の工藤さんからバスで説明を聞きながら、国道6号線を北上して楢葉町に向かいました。
GM式、シンチ型線量計と病院の本式のシンチ型線量計と比較。国道がガタガタで振動が激しいのも地震の後遺症だそうです。
f:id:biz-m:20150923194112j:image久之浜駅から30キロ圏内入り。原発関連の施設も目についてきます。災害復興住宅、高台移転用の工事。作業員仮設住宅。線量が上がってきました。

f:id:biz-m:20150923194236j:imagef:id:biz-m:20150923194254j:imagef:id:biz-m:20150923194327j:imagef:id:biz-m:20150923194344j:image常磐線の現状の最終の竜田駅長さんからは、「乗降客は原発労働者。電車9本の折り返し運転だけ。誰も話をしない。1分でも1秒でも話をして。鉄道を繋げていくことが希望をつなげる。先ずは安全に住まわせて欲しい。」など沢山お話しいただきました。

f:id:biz-m:20150923194427j:image福島第二原発のベント用煙突が見えてきました。この橋を渡った所。周りからは本体建屋は見えないようにしているのは電力会社の常套手段。
急激にカウンターの値が上がってきます。

f:id:biz-m:20150923194845j:imagef:id:biz-m:20150923194902j:imagef:id:biz-m:20150923195001j:imagef:id:biz-m:20150923195029j:image帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域に分かれる富岡町に入りました。
f:id:biz-m:20150923200104j:imagef:id:biz-m:20150923200027j:imagef:id:biz-m:20150923200124j:imagef:id:biz-m:20150923195129j:image震災により崩れた家、家屋等の廃材を選別しそれぞれフレコンに梱包していたるところに山積みになっています。土地所有者とは2年契約の仮置場だが、もう4年を過ぎている。避難指示区域が道路の左右で区域が異なり補償額も変わる事への不満も。

f:id:biz-m:20150923195054j:imagef:id:biz-m:20150923195218j:imagef:id:biz-m:20150923200144j:image富岡駅前の津波により破壊され廃墟となったホテルには津波襲来時間3時35分を指したままの掛け時計。f:id:biz-m:20150923195448j:imagef:id:biz-m:20150923195606j:imagef:id:biz-m:20150923195522j:imageここでは1.0から1.2マイクロシーベルト/hを指す。

福島第一原発被害を受けた、富岡町の規制区域では行き交う車両も殆どなく、あっても除染作業にかかわる車両のみと言っても過言ではない。
f:id:biz-m:20150923195546j:imagef:id:biz-m:20150923195637j:image楢葉町原発反対運動を40年にわたって行ってきた宝鏡寺の早川住職にもお話しをうかがいました。
「住民が1割戻ると言っても先の見えた生活。町はいずれ消滅する。(原発は)謝り、償い、無くせ。原発稼動すれば次は福島の比ではない。自分たちはモルモットだ。この福島の状況を見て聞いて語って欲しい。できる行動をーそれが唯一の救いです。」と一言一言が重い。
お寺のお堂には安倍政権への怒りのステッカーが貼られていました。

f:id:biz-m:20150923195811j:imagef:id:biz-m:20150923195846j:image今回の視察で、震災、津波原発災害と三重苦(それ以上)を強いられた福島の皆さんにできる事は何か、そして日本のエネルギー政策の転換、政財官の癒着の著しい原発政策を抜本的に転換する。そのためには安倍自公政権の転換であるとつくづく考えさせられました。そのためにも何度でも訪れ、廃炉させていく事、そして、何万年もかかろうが原発の危険性を伝えていくことがこの星に生まれ、知能をある程度備えたことで原子力に気付いたが、扱う事の出来なかった人類の責任であると思いつつ帰路についた。

f:id:biz-m:20150923195904j:image帰宅後、自宅の線量は以外と高い。自然放射線ですが。