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びぜん 光正 のあしあと 

長野県議会議員 日本共産党長野県議団 びぜん光正のブログ

宮古島から伊良部島そして下地島へとまわって平和を願う

f:id:biz-m:20160816200452j:imagef:id:biz-m:20160816200100j:image一泊の沖縄ですが、9日は宮古島泊でしたが、4時台に目が覚めてしまい北緯24度、東経125度の星空と日の出を拝もうと早起きしてみました。

f:id:biz-m:20160816192845j:imageもう30分早ければもっとすばらしい星空だったでしょうが、東にぎょしゃ座、ふたご座、北にカシオペア、南にはオリオンやおお犬座が高くなっています。ホテルの屋上をフロントで教えてもらって、持参した3台のカメラ(コンデジですが天文モードのカメラ)と小型三脚で南国の早朝の空を一人満喫しました。

 

f:id:biz-m:20160816192919j:imagef:id:biz-m:20160816193017j:imageホテルを出発して今日は宮古島から3540mの伊良部大橋(今年1月開通)を渡り、西隣の伊良部島をめぐってまたそのお隣の下地島に渡りました。

f:id:biz-m:20160816193231j:imagef:id:biz-m:20160816193147j:imagef:id:biz-m:20160816193116j:imagef:id:biz-m:20160816193314j:image下地島には大きな飛行場があります。ジェット化時代の到来でジェット機の需要が高まる昭和40年、それまで国内のパイロットの養成は米国に依存していたのですが、そうした中、目を付けられたのが下地島飛行場で、3000mの滑走路を有する島ひとつがパイロットの練習用飛行場という国内唯一のすごい島です。一時はYS-11が就航して空港機能を有していましたが、現在は運休しています。

 

f:id:biz-m:20160816193341j:imageしかし、同空港は沖縄の米軍がアジアに展開するために、沖縄県の使用拒否を無視して給油名目でしようされているといいます。また、自衛隊が有事の際にこの空港を使用する明記しており、中国の軍事的動向に対抗するために部隊の展開も考えられていました。しかし、時の政府は空港の非軍事を約束していたといいます。

ところが、おおさか維新の会は先月の参議院選挙のマニュフェストでは、この空港を「普天間基地の負担軽減・危険除去のため」と米軍機訓練先の移設先にしようとしていました。これは結果的には沖縄県ではなく鹿児島県種子島付近の島に変更になったとかという話もあります。

 

f:id:biz-m:20160816193500j:image私たちが行ったときには練習機はいませんでしたが、周囲をエメラルドグリーンに彩られた島での旅客機のタッチアンドゴーは迫力だと思うのですが、絵にもなるということでカメラマンが絶えないそうです。もちろんリゾート地です。海水浴、シュノーケリングを楽しんでいる人たちも沢山。(この写真は他から引用)

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私たちもビーチの美しさに見とれながらしばしリゾートの雰囲気を味わいながら午後には岐路の宮古島からの便に間に合うように空港へ行き、上里議員ともお別れしました。

 

f:id:biz-m:20160816193725j:imagef:id:biz-m:20160816193741j:image空港では私の地元での後援会活動を担っていただいき宮古島に転居されたKさんに会うことができました。島の状況だとか、暮らし向きだとか(さすがに水光熱費は安いそうです)いろいろとお話しをお聞きし、お土産までいただいてしまいました。また、プライベートで是非とも訪れたい場所です。

 

f:id:biz-m:20160816193829j:imagef:id:biz-m:20160816193905j:image今回、宮古島伊良部島そして下地島も南海のリゾート地という思いで訪れましたが、戦争では宮古島は上陸戦はおこなわれなかったそうですが、しかし、前線基地として終戦時(沖縄は623日)には30000人もの日本軍が駐留して、秤量攻めに遭って医療も食料も断たれる中塗炭の苦しみを味わった島です。

f:id:biz-m:20160816193948j:imagef:id:biz-m:20160816193636j:imageそして今、隣国への対抗から今度は自衛隊の再配備や米軍基地の分散問題が急浮上しています。そうした場所であることを知り、よりいっそう自然の美しさを大切にしつつ観光の振興など地方産業の振興のための施策が必要であると痛感しました。71年前の戦争の惨禍を二度と繰り返してはならない。この美しい海を空をそして島を汚してはならないと改めて決意しつつ帰路につきました。