びぜん 光正 のあしあと 

長野県議会議員 日本共産党長野県議団 びぜん光正のブログ

お墓掃除と先生の葬儀へ

f:id:biz-m:20170312114456j:image今日はとても良い天気です。私達備前同姓の墓地の掃除は当番制で3軒づつの班で回しているのですが、春の彼岸を前に今日うちの班の当番で朝から掃除をしてきました。

私の家の墓地はもともとは中央東線沿いの西福寺近くにあったそうですが、その中央東線が敷かれた多分明治43年前後に市内大門のど真ん中(当時の)に移設されたといいます。お隣は共産党員市長として務められた高砂政郎さんの眠る高砂家の墓地に接しています。いつもなんだか不思議な感じがしています。

 

昨日は3月11日。あの日からまる6年が過ぎました。この日、私や共産党塩尻市後援会会長の大木正夫先生の葬儀があり参加しました。

大木先生は自然科学全般、特に植物学の学者もあり、県林業総合センターの仕事もあったのでしょうけど、私はリタイヤされてからのお付き合いで、いろいろと調べ物をする時、塩尻市誌や、市内外の区誌等を調べたりするのですが、その自然編の執筆者として必ず担当されている事を色々な書物に見つけました。

私は天文についてはウンチクできるのですが、自然科学や自然を大切にする話を度々したと思います。そんな議員活動を何年かする中で後援会長を快諾してくださいました。

私たちの後援会企画の春の山菜を楽しむ会では、毎回もその体型からは想像できないような身軽さで山を上り下りして、「この山菜は〇〇。食べられます」と次々と名前を言われても、こちらは全くついていけませんでしたが、野山の恵みをおいしく楽しく食べる企画をやっていただきました。また、先生は連絡をとろうと思っても、なかなかつかなかったのですが、それもそのはず、国内はもちろん、日本ユーラシア協会の役員もされて、かねてから旧ソ連や東欧諸国を歩き回られ、私たちの集まりの時には、かの地のワインやお酒を持ってきてくれ、そうしたお酒を一杯やりながら、先生の旅での話しと、私も数年前にポーランドフィンランドを旅したときの話などにもいろいろとコメントをいただきました。

ご葬儀にはそんな先生の関わってこられた行政関係者や自然保護団体の関係者、植物学や自然科学の関係者のみなさんと、そして高出区の公民館役員も永年担当されたそうで、区関係者など非常に多彩であったと思われます。

私もつい見覚えのあるお顔、もう25年も前に松本の無認可保育園で保護者会をご一緒した方(この方は動物園管理者)や、学生時代に医学部の寄生虫学教室のアルバイトで、お手伝いに行ったときの教授にも久々にお逢いすることができ、懐かしくてつい声をかけさせていただきました。寄生虫学の先生からは私が共産党の議員をやっていることを知ってでしょう、今の政治についても様々なお話をいただきました。

私たちも大木先生の遺志を引き継ぎ頑張っていかなくてはと気持ちを新たに会場を後にしました。