びぜん 光正 のあしあと 

長野県議会議員 日本共産党長野県議団 びぜん光正のブログ

議会最終日、オウム事件の首謀者の刑執行に思う

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大雨災害に遭われているみなさんにお見舞い申し上げます。

昨日は議会最終日でもあり、私たちは知事、副知事らと私たち議員の特別職の報酬引き上げ(1.15%)の議案について、また、高等学校へのタブレット等のIT機器の購入(3億円余)する議案には反対しました。

報酬については県民の暮らし向きが良くならない、貧困家庭の増加や、或いは従来から言っている、学校のトイレやクーラー、また、特別支援学校は過密でプレハブ対応などこんな状況下で優先するものが違うのではないかと反対しました。(報酬引き上げに賛成した議員の中には選挙では議員報酬を下げるとかの公約している人もいたんでしょうがー)

 

さて、朝から大雨のニュースに突然なだれ込んできたのが、松本死刑囚など一連のオウム事件首謀者の刑の執行が立て続けに行われた事。

ちょうど24年前の松本サリン事件の発生の翌朝、準夜勤で病院に行った妻が通常は午前1時位に帰宅するのが、そのうち電話がかかってきて「病院が大変な事になってるよ」と。蒸暑い夜だった。

朝になっても帰れない。2人の子どもを保育園に出し、病院に行くと外来は野戦病院とはこの事?と思える光景となっていた。前夜の検査技師の拘束者は事件発生後から一晩中、検査にあたっていて、立て続けの患者さんで、名前シールも貼られていないような状態に。そのうち医師から全ての検体(血液特に血清)を凍結保存するように指示された。

容疑がかけられた河野さん、奥さんや子どもさんが入院されていたことから、毎日、マスコミが病院内外を囲み、そのうち私たち職員まで警察の取り調べを受ける事に。

ただ、私は検査技師として、他の病院の検査データの違いがある事(まだ精度管理や施設間差の是正が始まる前でしたから)で、特にサリンなどの神経毒で異常に低くなるコリンエステラーゼが病院によって全くデータが違う原因を聞かれた。当時私は中信地区の技師会の生化学検査の部会などやっていたので、信大や相沢や丸の内などの病院検査部の技師の皆さんとも交流していたり、勤めた検査室でも自動分析装置の更新業務を担当していたので、色々と現状について話をした事を24年経った今でもつい先日の事のように記憶している。

サリンという毒ガス兵器に使われる物質であるらしい事は、意外と早い段階で漏れ聞こえてきた。しかし、多分マラチオン(マラトン)とかのコリンセステラーゼ阻害の農薬と同じ症状なのか?詳細はわからないが、猛毒であるということで、診療に当たった職員の健康にも影響が出ていた事などから、当時組合役員をしていたことからも、健康診断が長期にわたり行うよう求めたりもした。

サリン事件の前にも組合として、坂本弁護士一家の殺害事件で、県内にご遺体が埋められているということから、捜索の支援に関わったり、木曽町にはオウムの施設が作られていて、当時の田中町長さんに対策の話しを聞きに行っていたりと、勤め始めた頃の話だから30年も過ぎてしまった。

昨日は13人の死刑囚のうちの7人の刑の執行が報じられ、いかにも突然のようだがネットではマスコミの準備があまりにも周到であり、ある意味「公開処刑のようだ」と書いている人もいる。刑の執行まで長過ぎたという人もいるが、何も語らず遺さなかった首謀者はいっそう信者からは「神格化」されるとの声もある。現在も1600人以上の信者や、新たに入信する人もいるという。ただの刑の執行では関係者の間ではある意味「殉教者」扱いにされていくのではないだろうか。問題点は多岐にわたってあるようだが、それらの解明無しに教訓はくみとれない。