びぜん 光正 のあしあと 

長野県議会議員 日本共産党長野県議団 びぜん光正のブログ

長野県立大学の開学式へ

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朝一で長野県立大学の開学式のため長野市へ。短期大学から4年制にするまでには県の決定もそうでしたが、大学関係者の調整などが難航し、長い道のりがありました。

 

グローバルマネジメント学部(170人)が、グローバルビジネスコース、企(起)業家コース、公共経営コースち分かれ、もう一つ健康発達学部が食健康学科(30人管理栄養士国試受験資格)、こども学科(40人保育士・幼稚園教諭1種免許取得)の定員240人。

ソニー生命保険代表取締役会長の安藤国威氏が理事長になった。配布された大学のパンフにはグローバルやイノベーション等の近年多用される横文字が並ぶ。式典での挨拶を聞いたがビジネス専門学校とどう違うのか?大学が企業向け人材輩出の道具になっていないか?自主性、独立性などは微塵も感じない。

今時の大学はこんな調子なのだろう。良く郵送されてくる信州大や子どもの通う国立大学のパンフも同様で、30年前に卒業した私からは、その「ハイカラ」さや、カタカナ英語の多用などついていけない。どうしてこんなになってしまったのだろう。

産学官連携、、、結局のところ国の大学予算の削減で、教授は研究費用を集めるのが業務で、研究に専念できないと、ある知り合いからも聞いている。予算の削減と独立行政法人化が大学を学びの場からビジネスの場へと変えてしまったとも感じている。基礎の学問の分野などは直接的に何に役立つのかもわかりづらい分野、しかも自然科学などは研究成果が出るまで時間もかかる。金にならない分野には投資家は興味も示さない。短期間で研究成果の出る分野が、もてはやされる事に。

そうした意味から気になっていたカリキュラム。特に教養科目だが、基礎的な自然科学系のものは全くない。栄養士養成だから多少は期待したが、総合教育科目には自然・情報系科目で数学的発想、生命科学、健康と運動科学などは見ることができるが、教員紹介の教授陣には生化学や解剖、病理などの臨床の専門科目の先生方はいるが、基礎科学の教員は見ることが出来ない。

基礎科目しかも自然科学など不要とは30年前も、大学時代の学生間では囁く声も聞こえた。一方の大学の教養科目の先生からは大学に入って、中学生の数学から教えなければならないという「嘆き」も聞こえています。中高生の教育がそのようですから、大学はもう仕方ないのでしょうか。

プレゼンでは少人数教育を強調されていたが、今こそ長野県が小中学校に進めてきた少人数教育(30人規模)を、高校教育に広めるべきではないか。頑なにモデル高校での実施と答弁しているが、教育長はじめ県教委の職員も参加していたが、高校の少人数学級を進めず、矛盾しているとは感じないのか?

大学のパンフ説明では「世界を動かす」とか「グローバル」とか「世界的視野を持つ」等記述する一方で、「信州学」とか「象山学」などをカリキュラムに入れ込んでいるが、哲学とも地勢学ともまた精神論とも言えない曖昧模糊としたマイナーなジャンルを入れているあたりも理解に苦しむのは私だけではないと思います。

 

また、余談ですが、今日の式典は開校して3ヶ月、何故4月や遅くも5月開催ではなく、知事選直前なのだろう?

このような不自然さを感じましたが、子ども医療費窓口無料化も4月ではなく8月実施。

執行権者の特権と言えばそうだが、政治利用としたら最低です。出席した県議もまばらな感じがしたのは私だけではないと思います。